日本では、「働いているから一人前」、「働いて世の中の役に立たないといけない。」、「働いていない人はダメな人」と言われます。働き方改革で、70歳まで現役で働けるようにしようという政策に対して、強い批判は出ません。
早期退職をして半年くらい仕事探しもせずにノンビリしていたのですが、そうすると周囲から明示的にも黙示的にも、「なんで仕事しないのか?」というプレッシャーを感じました。私自身は、「自分が働こうと思った時に働ければいい」と思っていたのですが、事あるごとに「なんで働かないのか」というニュアンスの質問を受けました。
日本社会では、働く人が普通でそれ以外はなにかヤバい人と見られます。「働くことが尊い」という価値観で社会が構成されている。
でも、思うのですが、ある日「あなたの余命は半年です。」と言われた時に「あと半年働いて、世の中の役に立とう。」と思いますかね?
もちろん、そういう人が皆無だと言うことはできないと思うけれど、多くはないのではないかと思う。少なくとも私は、仕事で人生を終えようとは思わない。
誤解のないように言いますが、仕事に一生を捧げる生き方を否定している訳ではありません。むしろそういう人を、私は尊敬します。
ただ、私自身は、仕事以外にやりたいことがたくさんある。趣味を深めるとか、仕事以外の人間関係を大切にするとか、自分の気持ちを伝えたい人に会うとか、深めたいことに没頭するとか・・・。
だから、70歳まで現役とかいうのは、まっぴら御免です。
過去に「退職後の人生のイメージ」という記事でも書きましたが、人間の生き方には段階があります。
1 学生期
2 家住期
3 林住期
4 遊行期
このイメージからすると、家住期は働く時期であると言えると思います。
働くことが社会のためになり、家族のためになる。でも、それは家住期まで。
次は、林住期で、林の中の庵に住んで静かに思索にふける。
その後の遊行期では、林の中の庵を畳んで旅に出る。
インドの伝統的な考え方ですが、日本でも一遍上人や松尾芭蕉など、そういう人生を実践した人がいます。こういう人たちは、別に労働をして世の中の役に立っていたわけではないけれど、後進への得難いメッセージを残しています。
別にメッセージを残そうとしたわけでもないかもしれないけれど、大きな影響を与えている。
昨年11月に再就職しました。フルタイムではなくパートで週に4日だけ働いています。前職とは全く違う教育関係の業界です。現時点で3カ月ほど働きましたが、本当に多くの気づきがありました。
前職までの人生を見直す機会になっています。人生の見方が変わったこともあります。
仕事自体は、時間も短いですし、生活の負担にはなりません。でも、人生について深く考察するための材料を無尽蔵に与えてくれます。
前職に比べたら労働自体ではそれほど役には立っていないと思いますが、これからしばらくは、余裕を持って働きながら、いろいろ考えてみたいと思います。
労働だけが世の中の役に立つことではありません。
子育てをして、仕事をしていた頃はそれでよかったのかもしれません。でも、子育てを終えたくらいで人生に一区切りをつけて、これまでの経験をもとに思索を深めてみてはどうかと思うのです。
そういう生き方の変化を後進に示すことがこれからのシニア世代の役割なのではないかと私は思います。
人生における労働の時代を終えて、自分の経験をもとに様々なことを考え直してみた後は、一遍上人のように布教の旅に出るか、松尾芭蕉のように句を詠むために放浪するか、自分自身はどうしたいのか楽しみに考えたいと思っています。