スタイルのある生活~早期退職シニア男子ハタさんの試行錯誤~

公務員を退職するに至る経緯からその後の生活まで

シニア世代の家族観 ~家族って必要ですか?~

前に少し書きましたが、年齢が上がるにしたがって子どもは親から離れていきます。残るのは夫婦。だから、夫婦は死ぬまで仲良く添い遂げる。

これが従来の価値観です。

 

でも、待てよ・・・って思います。随分昔ならば、子どもが独立して人生の軌道に乗ったころ、親は定年。それから10年くらいで寿命。そういうイメージだから、これで良かったかもしれない。

でも、現在、子どもが親元を離れてからの時間はそれなりに長い。20~30年あるというのが実感じゃないですか?

人生、もうワンサイクルある。

 

この20~30年をどう生きるか、考えどころだと思います。

 

私はこれからの人生については、家族という制度を一度度外視して考えた方がいいと思っています。

だって、私なんか離婚しているからいくら求めても(求めないけど)元家内はまた一緒にはならないだろうし、子どもに同居しようとか言ったら一体どんな結末が待っているのやら。

 

だけど、実は相当多くの人は、伝統的な家族観を踏まえて、老後は配偶者に頼り、「いざとなったら」子どもに頼ることを前提として生きています。

 

私は、実感として、「これ無理じゃね?」って思ってしまいます。あくまで個人的な感想ですけど。

自分が頼ることを考えているけれど、逆に20年も30年も配偶者から頼られて、どうですか?ましてや子どもだって、今は大変な時代ですよ。

配偶者にも子どもにも、それぞれの人生があるんじゃないのかなあって思ってしまいます。

これって、私が離婚しているから?

 

他方で、家族を前提としない生き方は、実は快適だと私は感じています。自分で自分の人生が決められる。なんでも自由。基本的に家族に過度に頼らない。

 

もちろん家族という体裁は、既存の社会制度を利用するという観点からはメリットが大きい。家族という形があるからこそ遺族年金とかあるし、介護が必要になった時も社会的なコンセンサスとしてまずは配偶者が面倒を見るということになっている。自分が亡くなった後には墓だってある。

多くの人はこれが無くなることが不安なのだとも思います。

 

でも、こういう数々のメリットは、自分の人生にとって本質的な価値なのか、問い直す時期が来ていると思う。

さっき、「自由」って言いました。

家族という制度のメリットが無い生き方は自由です。代償もそれなりにある。

だけど自由だと思う。

 

シニア男子のライフスタイル(4) ~気に入ったモノと暮らす~

古い物が好きです。

古民家、古道具、アンティーク家具、使い込まれた食器などが落ち着きます。

 

私は、緩めのミニマリストです。数は最小限ですが、気に入った物は身近に置いておきたい。

 

先日、カラーボックスを処分して、新たな家具を入れました。

十年来、リビングに置く小さな棚を探していました。日常的に必要な小物や書類を置いておくためのものです。モノを少なくして、徹底的に絞り込んでも必要という結論に至ったので、半年ほど前から本気で探していました。

 

それが、先日届きました!!

 


ミニマムな生活の利点も享受しながら、気に入った物を身近に置いて生活するのが心地いい。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~理不尽な社会から逃げ出す。~

ミスをした人を執拗に追い込んだり、反論できない立場の人を度を超えて叩き続ける世の中です。

理不尽に叩かれた人は、「自分が悪いからだ。」と思い込んだり、自分より弱い立場の他人に対して同様のことをしたりします。被害者が無限に増えるし、ますます社会がギスギスしていく。

 

「社会としてこういう傾向が是正されたらいいな。」とは、もちろん思います。ただ、程度の差はあっても、社会とはそういうものかもしれません。だから、自分がこういう弱い立場に置かれたらどうするかということを考えておかねばならない。

結論を言えば、こんな立場に立たされたら、「逃げる。」とか「距離を置く。」ことだと私は思います。自分の人生において最低限必要なものは何かを考えて、それさえ確保できれば今の社会的なポジションから降りる。

 

多くの人にとって、「逃げる時に最低限必要なもの」は、

・お金

・健康

・将来のビジョン

だと思います。

でも、こういう準備ができていても「逃げる。」ことに踏み切れない人も多い。「格好悪い。」と思って、できないのかな。

だけど、理不尽な扱いを受け続けていたら、

・ストレスから散財してしまったり

・健康を害したり

・自分の人生について真剣に考えようとしたら手遅れだった

ということにもなりかねません。

 

そんなことになる前に早く理不尽な状況からは逃げ出したらいいのにって、私は切実に思います。

逃げ出すことは、決して格好悪いことではありません。自分がそういう道を選択するという決断をできるということは誇ることであっても恥ずかしがることではありません。実際に人とは違う道を選択した人は、皆さんそう感じていると思います。

 

周囲と同じ人生を歩んでいたら安心感はあります。でも、その安心感を得るには過大なコストがかかっています。特に今の社会はそういう社会のレールに乗ることに過剰な負担を求めています。人の仕事まで肩代わりしなければならなかったり、ギスギスした組織を支えなければならなかったり。

 

今自分が置かれている「安心できるけれど過剰な負担を求められる環境」からできる限り早く距離を置きませんか。

そういう決断をした人と話をする機会が無いとわからないかもしれませんが、後悔している人は少ないと思います。

国や社会、周囲の人は、いろいろなことを言うかもしれません。でも、最終的に責任を取ってはくれません。まさに本当の意味での「自己責任」です。

 

逃げる人が多くなれば社会が回らなくなります。その時になって初めてそういう社会を変えようという大きな動きが出てくる。そういうこともあるのではないでしょうか。

だから、私は組織から逃げ出しました。

自分の責任で逃げだした経験のある人が多くいる社会、逃げだすことを許容する社会を実現することが、真の多様性のある社会の実現に繋がるのではないかと感じます。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~社会にぶら下がり、貯金を取り崩す生き方~

 

2022年の夏に33年余り勤めた役所を辞め、それから3年が経過しました。現在、61歳。

 

1 国や社会が想定するシニア世代のライフイメージ

少し前までは、シニアと呼ばれる世代は、「定年退職をしたら、年金をもらってのんびり生きていく。」という漠然としたイメージがありました。

でも、年金について2000万円問題が喧伝されたあたりから、「そういう老後のイメージでは、これからは通用しない。」という雰囲気が出てきています。「年金だけでは足りない。」と言われ、更に「2000万円の貯えでも足りない。」と言われています。

だから、・・・。

(1)投資をしなければならない。

(2)働けるうちは働かなきゃいけない。

 

数十年前と比べると平均寿命は延び、シニアと呼ばれる世代の人たちも元気になってきました。他方で、人が長生きするようになるにしたがって年金の原資は枯渇しようとしている。

だから、「国民一人一人が長生きした分長く働いて、年金制度を支えていかないといけない。長く働けば預貯金も増えるだろうし、投資をしたら更に利益が出るかもしれない。」

という理屈です。

 

2 シニア世代の現実

(1) 投資について

国を挙げて投資が推奨されています。年金も安泰ではないから、自己責任で資産を作れということです。

そういう状況の中、トランプ大統領が進める相互関税政策をきっかけに株価が乱高下したりしています。日経平均が上がったとか下がったとか大騒ぎです。

オールドメディアは、様々なことを言いますが、結局「投資は元本保証がない。自己責任で。」と結びます。ネット上では真偽が疑わしいものを含め夥しい数の情報が流布されています。

結局、どうしたらいいのかわかりません。

 

(2) 定年延長について

職場は、純粋に仕事が増えていることに加えて、子育て世代をサポートしたりメンタルダウンした人の分まで業務の肩代わりしなければならず、誠実に仕事をしようとする人に限度を超えて仕事が集中しています。

他方で、定年が延長され「働けるうちは働いてもらう。」ためにシニア世代の労働者が増えています。だから、シニア世代がそういう負担を積極的に引き受けるかというと、そんなことは全くありません。

給料は少なくなるし降格もするからモチベーションは低く、「働かないおじさん」となっているからです。

そういう職場で働くストレスは計り知れない。

 

(3) これからの社会のイメージ

見通しが著しく不透明な投資に財産をつぎ込み、他方で組織のお荷物になっても今の職場で惰性で働く。これがこれからの第二の人生のイメージです。

こういうシニアのライフイメージ、どうなんですかねえ?

おそらく、国の制度に乗っかって最後まで頑張っても、70歳でリタイアする時には既に体力も無く、場合によっては仕事のストレスで体を壊している。そして、付け焼刃で始めた投資が本当に資産を増やしているかは怪しい。最悪、年金と少ない貯えを切り崩しながら、(足りるかどうかビクビクしながら)つつましく生活していくしかない。

 

3 今、シニア世代がやるべきこと

いつまでも将来の不安を抱え、職場のストレスに圧し潰されそうになりながら、惰性で働くことには見切りをつける。これも、一つの考え方だと思います。

考えてみれば、従来の定年退職(60歳)前後の年齢の人は、仕事に疲弊しきっていなければ、「自分はまだできる。」という感覚を持つのではないかと思います。若いころに比べたら体力も落ちたけれど、ここで人生をあきらめる必要はない。

そうであれば、社会にぶら下がるのではなく、本当に自分がやるべきことを探すことにもっと時間をかけたり注力してもいいのではないかと思います。

 

また、そのためには金銭的な基盤もきちんと作らなければいけません。

国や社会、メディアやネット、投資会社や銀行・・・の言うことは疑い、投資について自分自身で勉強して、「なぜ資産を増やせると言えるのか。」を自分が納得するまで学ぶことが必須です。

 

自分の人生を賭けて、今、注力し時間を割く必要のあることを間違えてはいけないと思います。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~周りに幸せなシニアはいますか?~

ひと昔前ならば、老後の生活は、「夫婦で老境に入ったら、年金で悠々自適の生活をして、子どもや孫に囲まれて過ごす。」こういうイメージがあったと思う。いわゆる「幸せな余生、老後」。

でも、今の時代、多くの人はそんなイメージは持てなくなっている。

 

私自身、離婚したし、子どもは成長したら親から離れていくものだと思っているし、年金はあてにしていない。古典的な老後のイメージとは相容れない生活をしている。

でも、私のような人は、現代社会では実は多いのではないか。すべてが同じではないけれど昔のイメージとは違う人生を歩んでいる(歩もうとしている)人は確実に増えている。

昔ながらの幸せな老後のイメージが崩れた今、幸せな老後、幸せな人生の後半戦のイメージや考え方は、人それぞれになってきている。

 

他方で、今の日本社会には「不機嫌な年寄り」が目につきます。

「自分は真面目に仕事をして社会に尽くしてきたのに、年金は足りないし、家族ともうまくいかない。」というオーラをまき散らし、国や社会を悪者にして精神の安定を保とうとしている。自分の人生を考えるよりも、他人を批判することに生きがいを覚えている。

こういうシニア層の態度は確実に若い世代を不安にし悪い影響を与えます。

若い世代にとっては、今のシニア層の姿は将来の自分です。今のシニアがこんなでは、そりゃ不安になりますよね。

私はそういうシニアに対しては、「被害者づらするなよ。」って思う。年を取れば楽しいこともあるはずなのに、文句ばかりを言っている。

2000万円問題とか・・マスコミに踊らされて、不安やうっぷんを溜めてはまき散らし、自分でできることをしようとしない。自戒の念も込めて、これではいけない。

 

見方を変えれば、2000万円問題ですべての人が一律に不幸になるわけではない。人それぞれ。今は、別に人と同じでなくてもいい。

テレビを見ていれば、自給自足を楽しんでいる人もいるし、お金の勉強をして資産を増やしている人もいる。まあ、まだまだ日本の同調圧力は強いから、年を取って古典的な幸せな老後を送っていないとそれなりに面倒くさいこともあるけれど。(*)

* マンションのエレベーターで一緒になる度に、「あなた今日は仕事は行かないの?」って言うおばあちゃんがいたりはします。

でも、気にしないで楽しめばいいんじゃないかって思います。

 

私自身は、「経済的な基盤を自力で作り、自分の納得のいく人間関係の中で幸せを模索する。」というこれまでには無い老後の在り方。一つのモデルが作れたらいいなとシンプルに思っています。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~人間関係の変化は劇的~

組織に属している頃は、人間関係が組織によって決められていました。配置替えや転勤、昇進などで周囲の人が変わり、与えられた人間関係の中で波風を立てずに仕事をしていくことが求められました。一定期間は人間関係が変化することはない世界。

 

でも、退職すると、人間関係は自分で選び、随時、様々な形を作る必要があります。

 

退職してからしばらくは、人間関係については「去る者は追わず来る者は拒まず」のスタンスでやっていました。1年くらい経った頃から違和感を感じるようになってきました。時々、ひどいことや余計なお世話・・という感じのことを言われる。

少し前「NIMBY」について書いたのがそれです。

hatasan2.net

 

組織に属さなくなってからは、人間関係を切り捨てる自由があります。距離を置いてもいい。NIMBYとはできるだけ距離を置くようにしています。

具体的には、私の生き方を否定する人、私を殊更下に見ようとする人などとは付き合わないようになりました。「そんなことできる訳ない。」とか「どうしてやらないのか。」と言う人たちです。組織にいる当時は説得したり、受け流したり、いろいろ苦労しましたが、もう、そんなことをする必要はありません。

 

反対に、付き合いたい人にはこちらから声をかけて交流をするようにしています。そして交流するについては、様々なグラデーションがあっていいと考えています。

職場のように一定の人と毎日顔を合わせる訳ではないので、どのくらいの頻度で会うか、どの程度のことを話す間柄になるか、何をして一緒にすごすか等々について、その人その人で決めていけばいい。家族でも同じ。同性でも異性でも。年齢も関係ない。

本当に自由です。

 

仕事を辞めてすごく親しくなったご夫婦がいます。数カ月に1度のペースで自宅にきてもらったり、お宅に伺ったりして楽しい時間を過ごしています。でも日常的に会う訳ではありません。

もとの職場(公務員時代、小学校時代)の知り合いも、本当に共に時間を過ごしたい人とは定期的に飲みに行ったりしています。元同僚の息子さんと親しくなり彼が数カ月に1度は泊まりに来るということも始まりました。若い子育て世代の人とはお子さん込みで過ごすこともあります。

趣味のテニスのグループでもテニスをする以外にも付き合いがあります。

共通するのは、一緒にいて楽しいこと。そうでない人とは距離を置きます。

 

家族関係も変化しました。

本当は、仕事が忙しくてもきちんと考えるべきことだったと反省していますが、結果的に退職が契機となって見つめなおすことができました。

離婚した元の家内との関係も変化してきています。仕事をしていた時は、離婚当時と変化なく険悪な感じでしたが、そういう自分の態度を改めました。

従前は子どもとは時間をかけて一緒に過ごすことができませんでした。現在でもつかず離れずですが、でも、たまに長男と2人で旅行に行くこともあるし、地方の次男のところに行くこともあります(一応、快く迎えてくれます。笑)。

親は、年を取るにつれて頑固になり私がイライラすることも多かった。でも最近は比較的距離を置いてうまくやっています。ストレスは減りました。退職後にじっくり考えて、親とは余計なことは話さないようにしました。高齢のせいもあり、こちらの考えを伝えても理解が追い付かないことも多くなったから。現在の私の生活(定職も無く、試行錯誤する生活)についてもわからないと思うので伝えませんし、実は公務員を辞めたことも話していません(笑)。その代わり、親の家を訪ねることは増えました。

 

仕事をしていた頃に比べて、それぞれの人間関係について丁寧に考えて付き合っていくことができるようになりました。

これも早期に退職に踏み切って良かったことだと思います。

公務員を早期退職して3年経って思うこと ~再就職は難しかったけど~

公務員や会社員の人が、退職しようとするときに二の足を踏む大きな理由の一つに「再就職できるのか?」という不安があります。

私も、30代後半くらいからずっと転職しようか・・と考えていました。どんどん職場がギスギスした雰囲気になっていく中、長期間にわたって組織に留まることは難しいと感じていたからです。

だから、「どうやったら退職後に仕事を見つけられるのか。」について調べていました。でも、いくら本を読んだり、ネットで調べたり、メディアの番組を見たり、人の話を聞いたりしても、よくわからない。ただ「なんか難しそう。」という雰囲気だけは伝わってきました。

 

1 様々な媒体で言われていること

様々な人が様々な媒体で、「現在の職場がどんなに嫌でもその職場に留まる方がいい。」と言っています。理由は、転職したら必ず給料などの条件が圧倒的に悪くなるから。

また、仮に現職を辞めて転職するならば、「自分のキャリアの棚卸」をして、自分の強みを認識した上で活動するべきだということも多く言われています。論調としては「そんな基礎的なこともしないで転職活動をしたって成功するわけがない。」という感じです。

 

私は、おびただしい数のこういう記事をネットなどで見るにつけ、とても残念な気持ちになります。

こういう記事を書いている人たちは、実際に就職活動をした人ではありません。大企業の人事関係の人だったり、ファイナンシャルプランナーとか、申し訳ないけれど転職を他人事として見ていられる人です。

こういう記事に書かれていることは一定の事実は含んでいるものの、アドバイスにはなり得ません。

2 労働市場の本当の問題点

自分自身が退職後にハローワークに通い求職活動をしてみてわかったことがあります。

確かに、転職市場は厳しい。特に40代以上の人にとっては「転職=給料が下がる」です。給料が下がるだけでなく、非正規、パートの仕事しかないと言っていい。そのくらい厳しい状況です。

ただ、逆に言えば非正規でよければ求人はあります。なぜなら、世の中人手不足だから当然です。

でも、問題はここからです。ハローワークに出ている求人に応募しても基本的には採用されることはありません。私自身、20社以上に履歴書を送ってみましたが、結果はすべて不採用でした。面接に進んだところも全くありませんでした。

(厳密に言えば、最後に採用してくれたところはありましたが、それ以外はすべて履歴書のみで不採用でした。)

 

履歴書を出すにあたっては、自分のキャリアの棚卸をして記載し、提出前にハローワークの関連機関(東京しごとセンター)でチェックしてもらいました。それでも面接にすら進めないわけです。これがなぜなのかは、以前に私の推論を書きました。

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つまり、採用されないのは求職者の方の問題ではないということです。いくら棚卸をして丁寧に応募をしても面接もしてもらえない。人手不足?ほんとに?という状況なのです。

3 心に留めておくべきこと

この状況は、どのネット記事もメディアの番組も決して言いません。

だから、知らないで就職活動をすると、不必要に多くの不採用通知を受け取ることになる。そして、普通の人は、自分の努力が足りないと思ってしまう。

 

これから転職を考えている人が、こういう現状を前提にクールに就職活動ができるように切に願うとともに、退職後3年経って、そういうノウハウを少しでも広める活動ができないか模索中です。

(過去にかなり詳しく、自分の求職活動について書いています。)

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