スタイルのある生活~早期退職シニア男子ハタさんの試行錯誤~

公務員を退職するに至る経緯からその後の生活まで

結婚という制度の分析 ~相手を所有するメンタリティー~

30歳頃に結婚して二十数年、家族で生活してきました。そして、50代で離婚。その後、子ども達も成人して、今は結婚をせず一人暮らしです。

離婚したことで「結婚の社会的なメリット」は無いけれど、幸せ。

 

最近、「結婚って何だったんだろう・・・。」って考えています。

若い頃は、結婚することが当然で、「結婚=幸せ」というようなイメージがあった。

だけど、結婚って本当に人生の幸せにつながるのか?

結婚って、必ずしも人を幸せにしないんじゃないか?

そう考えている。

 

結婚すると、実感として何が変わるかというと、相手が「夫」とか「妻」になるということ。「1対1の男女関係」が「社会的な家族」と認められる。

当たり前ですよね。

 

でも深堀りしてみます。

これは、「夫と妻になると、相手を排他的に所有することが認められたと感じる。そういう相手に対する執着を法律が認めてくれる。」ということになります。

だからこそ、結婚すると安心します。ベースに「この人は未来永劫自分のものだ。」という感覚を持つことができるから。

 

この安心感は、「相手がいること、相手が自分を見てくれること、自分のために何かをしてくれることが当たり前」という気持ちを生みます。

逆に言えば、相手が自分だけを見て、何かをしてくれないと不満に思うようになる。どんな場合でも相手は自分を想う事が義務だと思う。自分を見てくれないなど、とんでもないことだと感じる。

相手への感謝を失わせます。

 

結婚前には、相手がいてくれるだけでよかった。自分を見てくれたら本当にうれしかった。そのために相手のよろこぶことをしようとした。相手のことを心配し、相手が自分のためにしてくれたことに感謝した。

 

ところが結婚した途端、そんな努力をしなくてもよくなる。感謝も必要ない。恋人同士だった頃はあんなに幸せを感じて、感謝していたのに。

これが幸せにつながるかどうか。

 

結婚は、ある意味「単なる制度」です。結婚したら自動的に幸せになれるわけではない。むしろ、不幸になる構造を孕んでいる。当事者の心がけ次第で不幸になる。

 

そして、このことは結婚だけではなく、あらゆる人間関係にも通じることだと思う。

親子関係も子どもを所有し執着することでその関係がゆがむ。恋人関係も「彼女(彼)は自分の恋人だ」とあぐらをかいた瞬間相手の心は離れていくかもしれない。上司部下も上下関係を前提に相手を所有したような感情を持ったときから(表面上はどうあれ)うまくいかなくなる。

 

離婚したけど、かつて結婚して一緒に人生を走ってくれた彼女のおかげで、こういうことに気づいた。離婚しても心がけ次第では幸せになる。

遅まきながら、今、彼女に感謝している。

 

私が退職を決めた瞬間 ~4年後に振り返ってみた。~

執務室の一角にある会議屋で、今、上司と1対1で向い合っている。

「今年一年お疲れさまでした。本当によくやってくれました。ついては、●●さんの1年間の勤務評価ですが、A評価となります。」。

上司が「良かったですね。」というニュアンスの表情で言った。

 

「A評価か・・・」。

私が働いてきた職場の評価はS、A、B、C、Dの5段階評価。私はこれまで評価をそれほど気にしたことは無い。もちろん評価を聞いた時にいい気持になったり、そうじゃないこともあったけれど、基本的には「ああそういう評価なんだな。」と淡々と受け入れてきた。

だけど、今回は聞いた瞬間に受け入れられなかった。激しく反発したという訳じゃない。ただ静かに「辞め時だな。」って思った。

58歳管理職だった4年前、3月の出来事。

 

自分が勤めていたのは国の役所。ここ十数年で職場環境は大きく変わった。

仕事に関しては、「国民の厳しい目」を意識しろと言われ、必要以上に気を遣うようになった。仕事は複雑化し業務は際限なく増えていった。半面、予算削減のため人は削られていき、同時に働き方改革で長時間働くことは許されなくなった。また、産休育休を取る人が増え、メンタルダウンで病気休暇を取る人も珍しくなくなった。

こういう状況でしわ寄せが来るのは、仕事ができる人、あるいは誠実に仕事をしようとする人だ。誠実で仕事ができる人は特に悲惨。人の仕事まで押し付けられ、それが「当たり前のこと」とされた。

 

退職前一年間くらいは、様々な出来事があった。

4月、異動で部下職員の構成が変わった。4人のうち2人は役所に入ったばかりの新人。残りの2人は再雇用。かなり無理な構成であることは誰が見ても明らか。ただ、人手不足の昨今これで結果を出せというのが組織の考えだろうし、新人の指導は嫌いじゃないから受け入れた。

9月、職場の同僚が亡くなった。突然のことで引継ぎも何もされていない。仕事は待った無しなので、代わりの人が来るまでできることは自分がやり、外部には迷惑をかけないよう調整をした。組織からは「次の人が行くのは、来年4月」と言われた。人事の論理では「そんなにすぐに人は出せない。」ということ。交渉しても「できないことはできない。」と冷たい対応。むしろ外部の方が温かかった。「それは仕方ないね。合わせるよ。」、「できることがあったら言って。」。彼らも忙しいはずなのに・・・。グッとくるものがあった。

11月、仕事で使っているシステムが止まった。ある日の朝、突然何を入力してもどこをクリックしても反応しなくなった。当時の基幹システムで対外的にかなり大騒ぎになった。システムダウンの影響は甚大だった。自分では自分の部署でシステムが無くても仕事ができる体制を直ちに作り、システムが再稼働した時の準備をすることも考えてやった。組織内は大混乱していたけれど、淡々とこなした。仕事に遅れは出さなかった。結局、システムが再稼働するまでには4カ月を要した。再稼働後は止まっていた間のデータをどうするかが全国的に大問題となっていた。自分の部署は準備していたので直ちに復活。「すでに復旧済み」と報告したけど、特にほめられることも無かった。

 

そういう状況の中で過ごした1年間の勤務評価の場が、冒頭の会議室だ。

「冗談だろう。S評価以外に考えられないんじゃないか?A評価って通常の状況でそれなりの結果を残した場合に与えられる評価。『たいへんよくできました。』という評価だろう。」、瞬間的に頭の中を考えがめぐった。

組織の定義ではS評価は組織内でトップクラスの評価だ。組織に大きなプラスの貢献をしたということ。私のように組織のマイナスにならないように食い止めたことは「そうすることは当たり前」であり、プラスの貢献ではないから評価されない。そういうことなのかもしれない。

勤務評価を聞いた時の感想を言えば、一言「あきれた。」。だから、「辞め時だな。」って即座に考えた。

 

退職する10年も前から、「一生を仕事に捧げるのが自分の本意なのか。」、自問自答を繰り返してきた。

仕事は常に追いかけてきたから、仕事をしていて、人生で大切なことや本当にやりたいことを後回しにしてきた。家族、人付き合い、・・・様々なやりたいことを先送りにしてきた。後回しにしたことすら忘れてしまったこともある。いつかこのツケを払わなきゃいけない。いつか自分の納得する人生にしたい。そう考えるようになっていた。(前回記事)

 

勤務評価の瞬間は、そういう人生への扉が開く瞬間だった。「A評価となります。」と言われた時、次の人生への扉が開いた。

 

1週間後、辞職願を提出した。

 

私が仕事を辞めた本当の理由 ~人生を生きなおす。~

4年前に長年勤めた公務員を辞めて早期退職した。

退職した時は、多くの人に聞かれた。「何で退職したの?」、「職場環境?何か不満があった?」、「辞めてやりたいことがあったの?」、「起業するの?」・・・。

 

このブログでも、それらしいことを書いたりもしたけれど、本当のところ自分がなぜ退職をしたのか、よくわからなかった。もっと正確に言うと、何となく感じるところはあったけど、明確に言語化はできていなかった。

 

だけど、つい最近わかった気がした。

人生でやるべき課題を4つに分ける考え方がある。

(1)急いでやらなきゃいけない、大事なこと

(2)急いでやらなきゃいけない、でも大事でもないこと

(3)急いでいないけど、大事なこと

(4)急いでいないし、大事でもないこと

一つ一つ考えてみると、(1)、(2)は急いでいた時に対処が終わっている。(4)は今さら考える必要は無い。問題は(3)。仕事をしている時に「ああこれは大切なことだな。」と感じても、急いでやるべきことに囲まれてずっと先送りになってしまう。中には、考えないまま時間が経ってその問題自体を忘れてしまったこともある。

誰にでもありませんか?今やらなくてもいいけど、大事なこと。今じゃなくてもいいけど、いつかやりたいこと。人生において、そういうものが確かにある。

 

そういう人生の課題は無意識の底に押し込められ、冷凍されている。

人によっては冷凍したまま人生を終える人もいる。でも、自分は人生後半で向き合いたいと感じたんだと思う。

 

「令和4年7月」に退職した時は、職場環境も酷かったし、組織について疑問に思うことも多くあった。そしてその問題が噴出したときだった。でも、それはその時に退職を決断した「きっかけ」にすぎない。

退職をした理由は、後回しにした人生の課題にそろそろ向き合おうという自分自身の心の声がしたんだと思う。

 

じゃあ。後回しにした課題とは何なのか?

本当にいろいろありました。

①「公務員を辞めたら人生詰む」という言説の検証と、その結果を後進に伝えたいこと

②公務員以外の仕事を経験すること

③趣味のテニスをもっと上手くなること

④健康にもっと時間や労力を投資すること

⑤過去の人生の不明点を生きなおすこと

まとめるとこんな感じです。①から④は具体的なことで退職前からかなりイメージできていました。問題は⑤で、これは今でも解凍すべきものがあるんじゃないかと自分自身との対話を重ねています。おそらくたくさんある。

 

⑤の例を挙げます。

(例1)私は離婚をしている。離婚をして仕事をしている間は、元妻に対してとてもネガティブな感情をため込んでいました。仕事を辞めてから、彼女と出会ってから離婚するまでのことを思いだす時間を作った。家族旅行で行ったところに再度ひとりで旅行してみたりもした。そういう経験を通じて、自分の考えの歪みを正すことができた。今は元家内に感謝している。

(例2)日本社会というのは太平洋戦争の経験が今でも大きな影響を与えていると常々感じていた。でも、自分は戦争の時代に生きていないし、学校で習っただけの知識だった。実感として知りたいと考えていたことを思い出して、去年3回沖縄本島を旅行してみた。アメリカ軍が上陸した浦添城の北から日本軍が追い詰められた糸満まで時系列を追って訪れてみた。最後、平和祈念公園で感じた切なさは今でも忘れられない。

(例3)来月北海道に行く。最初は最近の首都圏の暑さに閉口して避暑に行こうと考えた。だけどハイシーズンで、ただの避暑にしてはコストがかかる。その時ふっと思い浮かんだ「増毛」に行くことにした。有名な映画のロケ地でもあり、大学時代の私の大切な人が大好きだった場所。今では全く音信も無いけれど、自分に大きな影響を与えた人が好きだった場所に行くことで、何かわかること感じることがあるような気がする。

 

仕事を辞めて、本当にいろいろなことができるようになったと思う。

糸満の海

 

国債発行残高1100兆円の国 ~今の日本の状況~ (A country with outstanding government bonds of 1,100 trillion yen: An amateur senior's analysis of Japan's current situation.)

「『国債の発行額1100兆円超』を・・・」という記事では、大きな筋道を考えました。せっかくなので、これからも私は経済の大筋の議論をしようと考えています。細かい「そうじゃない場合もある」とか「条件が変わればこうなる」とかいうレイヤーを細かくしたり次元を変えたりする話は極力持ち込まないようにしたいと思います。

hatasan2.net

今、物価が上がり始めている。為替も円安になっている。これが前の記事で書いた円安、物価上昇の始まりじゃなければいいなと思いますが。

肌感覚でも国民が貧しくなっていますよね。

 

数字で見てみます。

令和5年度の税収は、72兆円。国債などの発行額が34兆円。

同年度の国債費25兆円。

「給料が72万円の家庭で生活費が足りないから34万円の借金をした。そして、それまでに借金をして積み上がった額が1110万円ある。借金の返済には25万円使った。」ということです。

国債の返済をするために、国債を発行していると言うことができる。

念のため言っておくと、テレビの専門家は「家計の借金は国の借金とは違う。」と言いますが、どう違うのか違ったとしてなぜ大丈夫なのかの言及が無いことは前の記事で述べたとおりです。

 

これって、普通の家庭で言えば、一番ダメなやつです。借金を返すために借金をする。これを続けて行ったら永久に国債発行残高は増え続ける。結局、すごいインフレ(ハイパーインフレ)になるか、円の国際的信用が地に落ちるか。そうなったときの日本経済がどうなるのか・・・。実際どうなるかは、専門家に任せますが、日本の経済システムは、これからも維持できるものではないことは確かです。論理的には、もう壊れていると言ってもいい。

*だから、個人レベルで言えば、今後は物価が上がり、円安になるということを前提に資産を運用することを考える必要があるとも言えます。

 

じゃあ。この赤字の慢性化した家計のような日本の経済を立て直すにはどうしたらいいか。

収入を増やすか、支出を減らすか、どちらかあるいは両方をやるしかない。

 

1 支出を減らすことはできるか?

「支出を減らす=予算を減らす」と言うと、メディアも国民を挙げての「反対」の嵐です。

医療や福祉にお金が要る。防衛予算も増える。景気対策にも膨大な予算をつぎ込む。減らすことは不可能という雰囲気です。なぜなら、様々な意味で国民が身を切らなきゃいけないから。

 

2 収入を増やすことはできるか?

じゃあ、「収入を増やす=税金を増やす」ことはできるか。

税金を増やすという中身が「税率」を上げるとか、「新たに税金を掛ける」ということになれば反対の大合唱。これも国民に新たな負担を強いることになる。だから、限りなく難しい。

でも、収入を増やす道はそれだけじゃありません。

一番スマートなのは、景気が良くなって税収が増えることです。誰にとってもこれがいい。だけど、今の日本ではこれができない。(*)

*いずれはここを掘り下げたいと思います。

 

経済がうまく行かないと何をやろうとしても、お金が無いんです。





 

JR各社のアプリがカオス ~利用者が犠牲になる日本のデジタルシステム~

 

1 はじめに

鉄道会社、航空会社、バス会社などが軒並みアプリやサイトで予約などをすることを推奨するようになって来ました。ごく最近まで私は「アプリを入れて最初の設定をするまでは大変そう。だけどそこまでやってしまえば、きっとお得だし楽になるんだろうなあ。」と大変お花畑なことを考えていました。

 

ところが・・・!

 

2 航空会社のアプリのわからなさ

 先日、中国地方と四国地方を横断する旅行をしてきました。そして行きは羽田から米子までANAで、帰りは高松空港からJALで帰ってきました。当然のことながら、ANAもJALもアプリを入れるように勧められます。

 まず最初のANAですが、予約をした飛行機の確認ができないんです。予約した際に送られてくるメールを探さないと予約できているかどうかがわからない。何のためのアプリなのか?搭乗24時間前にチャックイン手続きをして初めてアプリで確認ができるようになる。

 帰りはJAL。ANAとは発想が全く違うアプリで、予約をした後、航空券をアップルウォレットに入れなきゃいけない。アプリでは予約内容を確認したり、アプリで保安手続や実際に搭乗する際のQRを表示させることはできない。これまた「何のためのアプリ?」って思う。

 ただ、広い心を持てば、両航空会社とも許容範囲かなって思いました。

 

3 JRのアプリのカオス

 覚悟してください。JRはとにかく異次元のレベルで粗悪なアプリです。私は、こういう書き方はしたくないのですが、このくらい書かないと伝わらない。まずは、アプリの数、今回米子、松江エリアから四国の高松まで行くために最終的にJRのアプリは7個になりました。入れたけど使わなかったものも含みます。なぜなら、何を入れたらいいのかわからないから。

①Suicaアプリ

②えきねっとアプリ

③スマートEXアプリ

④JR東日本アプリ

⑤えきねっとチケットレスアプリ

⑥JRおでかけネットアプリ

⑦JRE POINTアプリ

一つ一つどんなアプリなのか説明することも考えましたが、アホらしいのでやめます。

そして、JR四国はさすがにもう我慢の限界を超えたのでアプリは入れませんでした(アプリがあるのかどうか調べるのも止めた。)。

当然のことながら、これらのアプリは個別にアカウント登録が必要です。

その上、どうやら全然バラバラに作られたようで仕様の統一感がゼロ。例えば、パスワードの設定でアプリごとに使える記号が違います。アカウント登録ができなくて先に進めず3~4日かかったものもありました。同じJRのアプリですよ。

その上で、連携させないといけません。

さらに、JRE系のアプリは従前の旧えきねっとアプリに登録していたかどうかでやることが違います。それをこちらが理解していて、新規登録か切り替えかを選ばなきゃいけない。旧アプリに登録したかどうかがわからないとどうしようもない。しかも、ポップアップで「旧アプリからJREへの切り替えはお済ですか?」とか聞かれるんだけど、「切り替えって何?」、「どこでどうしたらいいの?」。何のことだかわからない。

ただ、途中で投げ出すのも悔しいので本当にがんばって最後まで登録して連携させました。だけど、結局JREポイントアプリの使い方がいまだにわからない。ポイント貯めるにはどうしたらいいのか、使うにはどうしたらいいのか、よくわからない。

 

まだ、あるんですよ。

JR西日本の米子、松江エリアから四国の高松まで行く時に、特急券はアプリで取れるんです。でも乗車券は取れない。でも、普通はSuicaアプリがあるんだから、これで行けばいいと思いますよね。でも、Suicaアプリで改札でタッチして行くと、紙の切符を買うよりも高くなるんですよ!意味がわからない。アプリに誘導しておいて、アプリを使うと高くなる。

 

だから、私は某駅のみどりの窓口に行って乗車券を買うことにした。そうしたら、みどりの窓口の乗車券券売機がカオスなんです。途中で経由とか聞かれても初めていく人には何のことかわからないし、また特急券と一緒に買うかどうか等でボタンを一つ押し間違えると・・・。見かねた駅員さんが来てくれたので事情を話したら「僕がやってもいいですか?」って全部やってくれた。感謝。

多分、現場の駅員さんはわかっている。お客さんが混乱しているのを。アプリが粗悪過ぎて、乗車券売機もカオスになり、普通の人はできないということを。

 

細かいこと言い始めたらまだまだあるんですけど、やめます。

どうでしょう。多くの人はここまでやる前に諦めているんじゃないかなって思います。

 

4 地方のバスICカードのカオス

 岡山、金沢などでは、会社によって、あるいはバスによって、ICカードが使えるかどうかが決まります。また、ICカードが使えると思ってかざすと、使えるのは地元のICカードだけだったりします。沖縄の一部バスでは、同じバス会社で使えるバスと使えないバスが走っています。どうしろって言うんですか??

 ついでに言うと、バスじゃないけど、沖縄のゆいレールでは初めて乗るとき、「モバイルSuicaは使えない」ことはちゃんと調べて行ったんです。だから、ちゃんと切符を買いました。だけど、改札に切符を通すところがないんです。さんざん迷った挙句気づきました。「切符にQRコードがある!」。改札機に切符を通すのではなく、QRコードをかざさなきゃいけない。

 

5 なぜこんなことになるのか?

まあ、控えめに言って、現時点の日本のデジタル化はどうかしています。

利用者の便宜ではなく、各会社の縄張り争いや顧客の囲い込みのためにアプリが作られているし、アプリ自体がより使いやすいように作り込みがされていないから、使いにくい。というか、ほぼ使えない。

特にJRは本当に酷い。これってあまり話題にならないですよね。それはあまりに酷すぎて何が酷いのかすらわからないからじゃないかと思います。

 

でも、シニアの私ががんばって使う。応援しているから、もっと使いやすくしてください。

 

「国債の発行額1100兆円超」を素人が考える。~日本経済の見通し~(A layperson's perspective on "Government bond issuance exceeding 1,100 trillion yen" ~Outlook for the Japanese economy~)

今、日本の国債残高は1100兆円をはるかに超えている。

 

「借金で首が回らなくなっているなんてヤバいんじゃね?」って普通の人は思う。だけど、メディアに出てくる専門家や経済学者、政治家は、大丈夫だと言う。

よく言われるのは、国債の残高が増えても①「日本は経済規模が大きいから大丈夫」という理屈。次に②「国債を買っているのは日本の国民だから家庭内の貸し借りのようなものだから大丈夫」という理屈。

正直言って、私にはこの理屈全然わかりません。わかる人、手を上げて!!!

 

だから、一生懸命考えてみました。

①は根本的に理由になっていないと思う。経済規模の大小がどう関係するのか、説明できる人いますかあ?

②については、言いたいことはわからなくはない。つまり、国債のデフォルト(返せなくなること)で破綻した国(ギリシャ、アルゼンチン)は外貨建てで国債を発行していた。つまり、外国に返済しなきゃならないのにできなくなった。だけど、日本は外国に借りていないから大丈夫ということ。

②の説明はなんだかもっともに聞こえる。でも、次の疑問がすぐに思い浮かぶ。「じゃあ。国民には返さなくても大丈夫なんですか?」という疑問。つまり、②も大丈夫な理由になっていない。誰も「国民なら踏み倒して大丈夫」とは思わない。

 

だから、「国債残高が増えても大丈夫」・・・ではないと考えられる。

 

でも、更に考えると、「このまま残高が増えるとどうなるのか?」ということもわからないんですよね。どう大丈夫じゃないのか?

おそらく多くの国民は同じだと思う。「借金がどんどん増えるのはヤバそうだけど、専門家も大丈夫だと言っているし・・・」と思っている。

 

ここから先、私が本気で考えてみました。

 

(1) ヤバいこと「その1」~インフレになる~

まず、国債発行額が増えているということは、どんどん日本の市場にあるお金が増えているということになる。お金が増えると貨幣の価値が下がる。これは経済学の基礎。

これからもどんどん残額が増えていくと、どんどん貨幣価値が下がる。インフレになる。どこまでも。

 

(2)ヤバいこと「その2」~円安になる~

これだけの国債残高があると、政府が返済しなきゃいけないお金も膨大になります。膨大になるから、できるだけ返済額を増やしたくない。そうするとどうなるのか?

日本銀行は金利を上げられなくなります。日本銀行が金利を上げるということは国債の金利も上がりますから(ここの詳しい話は省きます。)、そうなると金利の返済額が更に増えることになる。そんなことできない。

現実に、これだけインフレになっているにもかかわらず、日銀はなかなか金利を上げようとしない・・・ように私には見えます。

金利が上がらないとどうなるか。アメリカは景気が良くて国債金利が上がっています。そうするとみんなドルを買って円を売ることになる。だから、円安になる。

 

(3)結論

(1)貨幣が市場にあふれてインフレになること、(2)円安になること、この2つのことは、両方物価の上昇につながります。インフレで物価が上がる。さらに輸入品が高くなって物価が上がる。

これって実は恐ろしいことのように私には思えます。「大丈夫。大丈夫」なんて言ってて大丈夫?

物価が上がり続ける。預貯金は実質的に目減りする。海外旅行もできなくなる。

一言で言えば、日本の国民は貧しくなる。

 

国債を発行して様々なことにお金が使われます。もちろん医療や福祉にお金を使うことも大事でしょう。だけど、無いはずのお金を国債で魔法のように出してそれで国の制度を維持することはいずれ限界が来るんじゃないかと思います。

 

表題にも書きましたが、私は経済の素人です。でも、だからこそ、シンプルにものごとを考えます。専門家(特にメディアに登場する人たちの多く)は細かいよくわからないことをもっともらしく言います。

 

私の考えた日本経済の見通しいかがですか。経済のことがわかっている方が「それは違う。」と我々にもわかりやすく言ってくれることを心待ちにしています。

 

でも、もしも、そういう話がなければ・・・。

実はここまで書いたことは入口に過ぎないと私は思っています。なぜ金利を上げることもできないのか、そして国債は国民が買っていると書きましたけど実は多くの部分を日銀が買っている。これは何を意味するのか、そして個人はどう動くべきか。

そういうことをこれから書いていけたらいいなと思っています。

 

人生のリスク分散 ~一つの生き方に全振りしない。~

分散投資と言われます。

投資をする際に、一つの投資先だけに資金を集中させるのではなく「資産」、「地域」、「タイミング」を分散して資金を投入するやり方です。一言で言えば、一つに「全振りしない」ということ。

 

人生に置き換えてもいい。自分の能力、時間を一つのことに集中しない。

考えてみると、人生のことになると、一つに集中することを良しとする風潮が強い。ものごとをやり始めたら集中してやる、途中で投げ出さない、ふらふら変えないことがいいとされる。でも、あえてそうしない。

自分の能力や時間を別のところに注いで助かった。そういう経験をしました。

 

私は4年ほど前に公務員を58歳で早期退職しました。

早期退職を決断できたのには理由があります。

まだ30代の頃でしたが、職場のパワハラと業務量の多さでうつ病を発症してしまいました。仕事を辞めたかったけど、辞めてどう生きたらいいのかわからなかった。仕事をして生きる生き方しか知らなかったから。そういう生き方に全振りしていたから。

その時に「同じようなことはまた起こる可能性がある。だから、それに備えなきゃいけない。」と本気で考えました。

 

それで、まずは金銭的な面で自立しようと思いました。給料だけに頼らないで生活できるようにすることを目指して投資を始めた。

これが、「公務員として働いて地道に給料で暮らす。」ことに全振りしていた自分のスタイルをやめて、自分のリソースを分散した最初の段階です。

 

病気を治しながら働き続けて二十数年、やっぱり来ました。問題職員を部下に抱えてメンタルはすり減り、過剰な業務量を押し付けられました。

今度は仕事を辞めるという決断ができました。

 

お金の問題だけではありません。自分は何がしたいのかとか人生をどう生きたいのかということも合わせて考えていました。仕事のことばかり考えず、人間関係や人生のビジョンを考えることにも仕事をしながら力を注いできたということです。そんな風に自分の力を分散して準備をしていました。

「そうしていなかったら」と考えると、・・・。考えるだけで恐ろしい。

 

今思い出しても、人生を仕事に全振りしている頃は苦しかった。