スタイルのある生活~早期退職50代男子ハタさんの試行錯誤~

公務員を退職するに至る経緯からその後の生活まで

私の理想とする「おひとりさま」生活 ~人生の林住期を過ごす。~

最近「おひとりさま」という言葉をよく聞きます。

女性のおひとりさま旅行、老後のおひとりさま生活、おひとりさま宿泊・・・。ニュアンスとして、従来の「一人は寂しい」という価値観の対極のスタンスとして、「おひとりさま」をポジティブに捉えようとするものが多いように思います。

 

私自身、離婚した後、子どもたちは一応独立して、世間的に見れば「おひとりさま」です。

 

退職した直後から1年ほどは、「生活にどの程度お金がかかるのか」を一つのテーマとして、お金の動きをモニターしていました。

お金の使い方の方針としては、基本的には必要なお金に絞って使うということにしました。他方で、ひたすら最小限に切り詰めるのではなく、そのままの生活を続けても、決して無理なく人生を楽しめる程度のお金は使うということにもしました。

具体的には、規則正しい生活をして自炊をする。趣味や娯楽は、読書を中心に静かな生活をする。テニスを週に数回やる。街歩きをしながら、時々、都区内の美術館、博物館、歴史資料館などに足を運ぶ。また、数カ月に1度程度、1~2泊の一人旅行に行く。そういう生活をしてみました。

 

こういう生活をしたら、結果的に、活動をするのは人が少なく、コストもかからない平日が多くなったため、旅行は一人旅。街歩きも、その際のたまの外食も一人でした。つまり、知人と関わるのはテニスの時だけで、その他は「おひとりさま」感満載の生活をしていたということです。

 

 

もともと一人で活動すること自体は好きでしたが、この経験を通じて、更におひとりさまの面白さを再認識しました。

 

私が一番いいと思うのは、自分と対話ができること。

一人の時間が嫌いという人は、「さびしい。」、「人の目が気になる。」と言います。でも、私自身は、人と対話をする代わりに自分と対話しているから、さびしさを感じる時も、人の目を気にする暇もない。むしろ、「気を遣う」という、人と一緒の時のデメリットを一切感じなくて済みます。

なかなか「自分との対話」をしにくければ、本を持っていればいい。本を読めば、精神活動が活性化されますから、自然と頭の中で自分との対話が始まる。食事の時は、本を読むわけにはいかないけれど、メニューを見て色々想像したり、提供された食べ物について考えたり感じたりしていると、有意義な時間が過ぎていきます。

 

もちろん、本も読めないなど落ち着けない場所もあります。「あっ。失敗した。」と思うこともある(最近の喫茶店、カフェはそういう傾向が強まっていると感じます。)。

でも、そういうことを含めて、楽しめるメンタリティがあれば、「おひとりさま」は絶対に楽しいと思う。

 

角度を変えて言うと、自分の持つ感性や知識、経験などを踏まえて、自分で自分を楽しませることができるならば、おひとりさま時間は無限に楽しい。

「絶対にダメだろうな。おひとりさまを楽しめないだろうな。」と思うのは、人に楽しませてもらうことを当たり前だと考えている人。長年組織の中で生活して、人にお膳立てしてもらうことが常態化していると、そういうメンタリティに陥りやすいんじゃないかなって感じます。また、ゲームや人との競争など枠の中での勝ち負けに至上の価値を置く人もなかなか楽しめない。人との比較でしか物事を見られない人もそうかもしれない。

こういう人たちは、人の評価や勝ち負けなど自分以外のものが価値の基準になっているから、純粋に自分の精神的な深みに降りていくことに面白みを感じないのではないかと推測しています。

もちろん、人と交流することが好きで一人で過ごすことを単純に好まない人もおられるので、そういう人を否定するつもりは一切ありません。念のため。

 

小学校から始まって(あるいはもっと前から)、職場を退職するまで、多くの時間を人と関わりながら過ごして来ました。「おひとりさま」の時間を過ごそうにも忙しすぎて、そんなことできなかったというのが正直な感想です。

多くの人と関った経験自体は貴重なもので、それがあるからこそ今の「おひとりさま時間」を有意義に過ごせているとも言えます。

でも、人との関りはとても大切なものですが、一人で考えを深めることもそれと同じくらい大切なのではないかと感じます。

 

このブログで何度か書きましたが、50代から60代くらいは林住期です。俗世から少し離れて自分と向き合うことは、自分の人生を深みのあるものとするだけでなく、次の70代以降の遊行期に向けての準備になるのではないか、そう思いつつ、今の生活を楽しんでいます。

 

hatasan2.net

 

hatasan2.net

 

hatasan2.net

 

ミニマムな生活 ~最大のハードル「書類を減らす。」~

5年前に現在のマンションに引っ越してから、本格的にモノを減らし始めました。

その後、退職して時間に余裕ができたことによって、ミニマムな生活に更に近づいています。もともと、ゆるくミニマムな生活を心がけてはいたのですが、時間や気持ちの余裕ができると、生活を絞り込む作業もはかどります。

 

最近、手をつけたのが「書類」の整理です。

以前から不要な書類は捨てるようにしていたのですが、それでも相当の量が溜まっていました。書類の溜まる理由は、捨てる前に書類の中身を吟味しなければならない点にあります。

例えば、服であれば「1年間様子を見て着なかったものは捨てる。」ということができますが、書類はそうはいかない。

 

多くのミニマリストの方の本やサイトの記事などでは、書類については、まずは溜まる前に捨てることが大切だと書かれています。ポストに投函されるお知らせやチラシの類は、ポストから持ってきた時点で不要なものを捨ててしまうとか。

これは、これまでも実践していました。

 

でも、どうしても即座に捨てられないものもあります。

公的なものだと、税務署、年金機構、健康保険組合からのお知らせやワクチン接種の証明書など。公的なものではなくても、保険関係の書類などは、捨てられないものが多い。

また、様々な契約関係の書類も、残しておかねばならないことがあるし、大きな家電などの保証書も捨てられない。

 

他方で、送付されてきたのが大事な書類でも、そういう書類に付随して同封されて来たパンフレットや説明書などは不要なことも多い。

でも、それを分けて、捨てる判断をするにはそれなりに手間と時間をかける必要があります。

 

ミニマムな生活を実現するよう努力してきて、「書類の整理」はかなりラスボス的な位置づけだと気づきました。

 

 

そこで作戦を立てました。

「どうしたら不要な書類を処分するための手間と時間を捻出できるか?」、「どうしたら途中で挫折しないか。」ということを考えていたところ、ヒントになる本に出会いました。四角大輔さんの「超ミニマル主義」です。

著者の四角さんは毎朝、机の上の物をすべて片づけ、綺麗にした上で、現在ある書類すべてに目を通すとのこと。なるほど。

 

 

「これはいい。」と思ったのですが、当然のことながら、この方法を実践するには既に書類が少なくなっていることが前提です。だから、そこまでは頑張る必要がある。

そこで、自分としては、毎朝机の上の物をすべて片づけ、机を拭いて綺麗にしたところに、溜まっている書類をすべてとはいかなくても、その日に見ることができるくらいの量を出して、整理することにしてみました。

 

それなりに継続する努力は必要ですが、

・毎朝机の上のものを片づける。

・机を拭く。

・その日に見る書類を出す。

・書類の取捨選択をする。

・書類を見てやるべきことをやる。

ということを繰り返したところ、大体1か月くらいで、毎日見なければならない書類の量が適正な量まで減ってきました。「適正な量」というのは、すべての書類をその日の朝に見ることができる量ということです。

この作業をやっているうちに、多くの書類は中身を見なくてもその日に処理する必要があるかどうかがわかるようになってきます。

最近は、2~3日に1度程度見ればいい感じになってきました。

 

 

この経験を通じて、書類を整理する困難さを実感しました。

それとともに気づいたのですが、自分の書類でさえ、こんなに労力がかかるのだから、これが人の書類であれば困難を極めるのではないか。

何が言いたいのかというと、人が亡くなって遺品整理をする際には、遺された人が大変な思いをするということです。実際、自分の実家を眺めてみると、余裕で本棚一つ分くらいの書類があります。

 

将来的には、親の書類を整理することになるとしたら、・・・・。考えただけでぞっとします。

自分だって、いつ死ぬかはわかりません。できる限り早い時期に「書類の整理」をして、立つ鳥跡を濁さず・・・、そう考えて日々不要な書類を処分し、必要な書類だけを残すよう努力しています。

 

(コラム)早期退職後1年半、ここまでの生活を振り返る。(6) ~現在の日々の生活~

某有名官庁で公務員をしていました。退職直前の生活は、大体こんな感じでした。

平日(月曜日~金曜日)は、朝5時に起床、6時半に家を出て、8時過ぎに職場に到着。8時半から17時の定時までは仕事。残業が平均2時間くらいで19時くらいに職場を出る。寄り道せずに家に帰る場合には21時前に帰宅。それから食事をしたり家事をして10時半くらいで、あと1時間くらいは自由時間。

仕事のための時間(仕事をする以上必ず差し出さなければならない時間)が、6時半~21時までの実に14時間半です。それに対して1日のうちの自由時間はたった1時間。

 

仕事時間中は、やる事は山積みだし、休暇などの職員のフォローもしなければならない。システム障害やクレーマー対応、問題職員の対応など忙しさを極めていました。

更に、月に3回くらい泊りの仕事と休日出勤がありました。

 

今思い出しても、酷い状況だったなあと思います。

でも、全く同じではなくても、こういう生活をしている人は多いのではないでしょうか?その上、子育てをしたり介護をしている人もおられると思います。今の日本社会は、どう考えてもおかしい。

 

だから、そういう状況から、できる限り早く撤退する方法を模索するべく、私は早期退職しました。それから再就職までの道のりは、このブログの「退職から人生再建へのモデル」というカテゴリーにある記事に詳しく書いてきたとおりです。

 

 

では、現在の日々の生活はどうなったのかというと、以下のような状況です。

平日(火曜日~金曜日)の大体の流れですが、朝6時(自然に目が覚める時間)に起床、午前中は、朝食を食べたり着替え、シャワーなどした後は自由時間で読書をしたり、Tverでドラマを見たり、ブログを書いたりしています。また、雑用もこの時間にやってしまいます。普通に銀行とか郵便局も開いている時間なのでストレスなく雑事も処理できます。

午後は、仕事のため13時半くらいに家を出ます。14時から17時まで仕事。仕事が終わったら買い物などをしても18時くらいに帰宅できます。それから食事、家事をして19時半くらいからは自由時間です。

仕事のための時間は、13時半から18時までで約4時間半です。

月に2~3回残業があります。19時くらいまでです。休日出勤はありません。

 

休日(土曜日、日曜日、月曜日)は、友人などと会ったり、テニスをすることが多いです。

 

仕事の内容は、それなりに疲れる内容ですが、役に立っている実感はあります。それなりに疲れますが、だからこそよく眠れます。笑

 

 

とても人間らしい生活になった気がしています。

父が高齢なので気にはしていますが、現在のところ、大きな問題はありません。

 

先日の記事に書いたように、現在は人生の「林住期」だと思っています。いろいろなことをして、人生を見つめなおしたり、様々な経験をして人間としてのすそ野を広げたいと考えています。

hatasan2.net

今は、以前と比べて大きく増えた自由時間で、人と交流し、趣味を深め、生活を見直しています。

本当に付き合いたい人と食事に行ったりすることができます。また、趣味のテニスはこれから草トーナメントに出ることが目標です。生活はミニマムにまとめて、更に余裕のある生活にしていきたいと考えています。

 

 

どういう人生、生活を送るかは、人それぞれの考えがあって良いと思います。

でも、そうは言っても、社会の押し付ける仕事を仕方なくこなす人生からは、できるだけ早く離れた方がいいのではないか、そう感じます。

 

(コラム)早期退職後1年半、ここまでの生活を振り返る。(5) ~お金のハードルを乗り越える。~

(原因はわかりませんが、この記事が昨日(R6,2,20)消えてしまいました。記憶の限りで再現します。)

 

退職しようとした時、最も心配になるのがお金の問題です。これまでも書いてきましたが、50代で転職をして前職よりも多い給料をもらうことは、相当難しいと思います。

 

そういう社会や現実については、大きな問題があるとは思います。

でも、私が伝えたいのは、そんなことではなく、その現実を前提にどうしたらいいかということです。退職をした場合に、その後の人生でお金を稼いでいく方法は、いくつかあります。すぐに思いついてカッコいいものとしては、副業や起業などがあります。ただ、これらは「できれはいいけど、難しい。」と思います。私が、最も現実的なのは、投資をすることだと思います。

 

私がこれまで投資をして、現在どうなっているのかを書いてみたいと思います。

私の投資の方法は、アメリカの投資信託(インデックスファンド)に投資をする方法です。考え方などは、これまで何度も書いてきました。

 

hatasan2.net

hatasan2.net

hatasan2.net

hatasan2.net

 

これが、退職をしてから、どうなったのかというと、・・・結論的には順調です。

投資している投資信託の基準価格は1年で3万6千円から4万7千円になりました。運用利回りは30パーセントを上回っています。この結果は、私自身ちょっとびっくりです。もちろん売却した場合には、税金がかかってきますが、それにしてもすごい運用益です。

1000万円を投資していれば、税引き前では300万円を超える利益が出ていたことになります。

 

もちろん、この状態が未来永劫続くわけではありません。暴落のリスクもあります。

でも、私の投資の経験は30年近くなりますが、結論的には凸凹はありますが投資した資産の価格は右肩上がりです。

 

 

他方で、現在、日本株が好調で日経平均はバブル期に迫る勢いであるというニュースが流れています。基本的には肯定的な論調で報道されています。でも、これはおかしい。

バブル期に日本の投資信託を購入していたら、30年を経てやっと元の価格に戻ったということです。利益は全く出ていない。

 

それに対して、アメリカ株はサブプライムローン問題やリーマンショックの際に大きく値を下げたことはあっても、それでも基本的に右肩上がりです。我々が個人で投資をする際には、真剣に考えてみるべきポイントだと思います。

もちろん、日本国として考えれば、国民の投資資金が海外に流れるのは好ましいことではありません。だからこそ、「バブル期以来の高値」と言って、日本株に資金が流入するように誘導しているのだと思います。でも、日本の株式はバブル以降全く上がってこなかった訳です。そこに自分の資産を入れるかどうかは、相当慎重に考えた方がいい。

 

 

私は、現在再就職をしましたが、その給料では月々の支出を賄うことはできません。でも、投資で出る利益を考えたら、相当の余裕があります。アメリカの経済情勢によっては投資したものが値を下げることもあるかもわかりません。でも、10年スパンで見たら、上がっていく可能性が高いと考えています。

今回は詳しくは述べませんが、日本とアメリカの経済構造の違いや、資本主義の根本的な理解からしたら、アメリカ株は上がっていくのが自然だと思います。

 

退職してから1年半、振り返ってみて、経済的な基盤はできたということでいいかなあと思っています。

 

(コラム)早期退職後1年半、ここまでの生活を振り返る。(4) ~現在の仕事について~

昨年(令和5年)11月に再就職をしました。

前職とは全く違う仕事、最大週4日のパート。

前職は法律関係の仕事でしたが、長くやっているとその業界だけのものの見方に固まっているのではないか?という漠然とした感覚がありました。

だから、違う仕事をして自分のすそ野を広げたかった。

 

実際に就職したのは小学生を相手にする職場です。現在、火曜日から金曜日の週4日、午後から勤務しています。

最初から、教育関係の仕事がいいとか考えていたわけではありません。20社以上の求人に応募して採用してくれたのが、ここだったというだけの話です。

 

前の仕事はフルタイムで仕事はパンパン、月に何度かは土日勤務や泊りの日もあり、それに比べたら、いくら知らない業界の仕事とは言え、楽になるのではないかと思っていました。

でも、実際に勤めてみたら、予想していたのとは大きく違いました。時間は短くなり、残業も土日出勤もありませんけど、児童を相手にするプレッシャーやストレスに押しつぶされそうになります。午後からの勤務ですが、フルタイムで勤務するくらい精神的には緊張していると思います。

 

人生、予想どおりにはいかないものです。

 

 

でも、前職とは違うやりがいがあります。直接接した児童が良い方に変わって行くのを間近で見られるのは大きな喜びです。先生ではありませんから、指導したり教えたりするわけではありません。でも、折に触れて一人一人と話す時間があります。

話した事がきっかけで、児童自身が自分で考えて「違うやり方」を実践しているのを見ることがあります。その結果、表情が明るくなったりしていると、「明るくなって良かった。でも、これからも大丈夫かな。」と、うれしい気持ちと心配な気持ちの両方が沸き上がってきます。

 

退職して他の業界に就職するというのは、自分自身にとっては、わりと大きなチャレンジでしたが、現時点では、違う業界に再就職して、本当によかったと思います。意外と楽ではないけれど。(笑笑)

 

 

現在の日本社会は、守りに入っていて、批判されないように、失敗しないように・・・という価値観が蔓延しています。個々人の人生も同様で、批判されること、失敗することを恐れます。

私たちの世代(60歳前後)にもなると、新たなことにチャレンジするなど考えられず、これまでの余禄で人生を終えようと考えている人が多い。前職の職場でも「定年まで逃げ切る。」という言説が多く聞かれました。とりあえず定年まで我慢して給料をもらって、その後は楽な人生を歩もうというわけです。

 

こういう態度は、社会や組織に良い影響を与えないばかりか、自分自身の人生をもつまらないものにするのではないかと思います。

日本の組織は本当に守りに入っています。建前ばかりが横行し、目の前の現実を見ようとせず綺麗ごとですべてを済まそうとする。同じ組織に留まっていては、チャレンジすることが、どんどん難しくなっています。

 

 

久しぶりに若者が主人公の小説を読みました。藤岡陽子さんの「いつまでも白い羽根」という小説です。

主人公は大学進学をあきらめきれないけれど看護学校に入学した19歳の女性です。「いつでも辞めよう」と思いながらも、次々課される課題をこなし、周囲と関わっていく中で様々な現実と直面します。必ずしも問題のある現実を若者たちが解決できるわけではないけれど、主人公たちは本当の現実を理解し、次に踏み出そうとします。

嫌々看護学校に通っている主人公は、最初は「チャレンジ」という言葉からは程遠い印象ですが、看護学校を辞めてしまえばやらなくて済む困難を次々と引き受け、成長していく姿は、現在の「働かないおじさん」とは一線を隔するものと私の目には写りました。

 

望んでも仕方のないことですが、次々と新鮮な経験をできる若者をうらやましく感じ、年齢を重ねてしまった自分は、自分自身で環境を変えて新たな経験を積んでいくのも、まあいいのかなと思ったりもしました。

 

 

(コラム)早期退職後1年半、ここまでの生活を振り返る。(3) ~働くことが尊いという価値観を考える。~

日本では、「働いているから一人前」、「働いて世の中の役に立たないといけない。」、「働いていない人はダメな人」と言われます。働き方改革で、70歳まで現役で働けるようにしようという政策に対して、強い批判は出ません。

 

早期退職をして半年くらい仕事探しもせずにノンビリしていたのですが、そうすると周囲から明示的にも黙示的にも、「なんで仕事しないのか?」というプレッシャーを感じました。私自身は、「自分が働こうと思った時に働ければいい」と思っていたのですが、事あるごとに「なんで働かないのか」というニュアンスの質問を受けました。

日本社会では、働く人が普通でそれ以外はなにかヤバい人と見られます。「働くことが尊い」という価値観で社会が構成されている。

 

でも、思うのですが、ある日「あなたの余命は半年です。」と言われた時に「あと半年働いて、世の中の役に立とう。」と思いますかね?

もちろん、そういう人が皆無だと言うことはできないと思うけれど、多くはないのではないかと思う。少なくとも私は、仕事で人生を終えようとは思わない。

誤解のないように言いますが、仕事に一生を捧げる生き方を否定している訳ではありません。むしろそういう人を、私は尊敬します。

ただ、私自身は、仕事以外にやりたいことがたくさんある。趣味を深めるとか、仕事以外の人間関係を大切にするとか、自分の気持ちを伝えたい人に会うとか、深めたいことに没頭するとか・・・。

だから、70歳まで現役とかいうのは、まっぴら御免です。

 

 

過去に「退職後の人生のイメージ」という記事でも書きましたが、人間の生き方には段階があります。

1 学生期

2 家住期

3 林住期

4 遊行期

このイメージからすると、家住期は働く時期であると言えると思います。

hatasan2.net

 

 

働くことが社会のためになり、家族のためになる。でも、それは家住期まで。

次は、林住期で、林の中の庵に住んで静かに思索にふける。

その後の遊行期では、林の中の庵を畳んで旅に出る。

 

インドの伝統的な考え方ですが、日本でも一遍上人松尾芭蕉など、そういう人生を実践した人がいます。こういう人たちは、別に労働をして世の中の役に立っていたわけではないけれど、後進への得難いメッセージを残しています。

別にメッセージを残そうとしたわけでもないかもしれないけれど、大きな影響を与えている。

 

 

昨年11月に再就職しました。フルタイムではなくパートで週に4日だけ働いています。前職とは全く違う教育関係の業界です。現時点で3カ月ほど働きましたが、本当に多くの気づきがありました。

前職までの人生を見直す機会になっています。人生の見方が変わったこともあります。

仕事自体は、時間も短いですし、生活の負担にはなりません。でも、人生について深く考察するための材料を無尽蔵に与えてくれます。

前職に比べたら労働自体ではそれほど役には立っていないと思いますが、これからしばらくは、余裕を持って働きながら、いろいろ考えてみたいと思います。

 

労働だけが世の中の役に立つことではありません。

子育てをして、仕事をしていた頃はそれでよかったのかもしれません。でも、子育てを終えたくらいで人生に一区切りをつけて、これまでの経験をもとに思索を深めてみてはどうかと思うのです。

そういう生き方の変化を後進に示すことがこれからのシニア世代の役割なのではないかと私は思います。

 

人生における労働の時代を終えて、自分の経験をもとに様々なことを考え直してみた後は、一遍上人のように布教の旅に出るか、松尾芭蕉のように句を詠むために放浪するか、自分自身はどうしたいのか楽しみに考えたいと思っています。

(コラム)早期退職後1年半、ここまでの生活を振り返る。(2) ~結局、自分の送りたい人生って?~

私は、前職を退職するまで、大きく社会のレールからはみ出すこともなく、日々の生活を一生懸命に生きてきたなあ・・・としみじみ思います。ただ、一生懸命だったというのは言葉を変えれば日々の生活にいっぱいいっぱいだったとも言うこともできる。

「自分がどうしたいか。」、「どんな生活をして生きていきたいか。」など、人生のビジョンを考える暇もなく、押し流されてきたのではないかと今は感じます。

 

 

退職を決断するにあたっては、「自分が今後どうしたいか。」、「どんな生活をして生きていきたいか。」という人生のビジョンを固めることが大切という話をこのブログでも書きました。

hatasan2.net

 

それについては、退職後も考え続けてきましたが、その結果、退職前や退職直後よりも明確になってきました。

多くの人は人生の一大イベントである「退職」の後、何をしたいのか考えた時、今までできなかった様々なことが思い浮かびます。どんどん旅行をしたいとか、習い事を始めたいとか、いろいろでしょう。

 

私も、いろいろ考えました。

でも、当時は総花的に「色々なことがしたい」と感じていたのですが、自分自身の現在の「送りたい人生や生活のイメージ」は意外とありきたりであるということに気づきました。

 

1 基本的なこと

 健康的な生活がしたいと思っています。

 自炊をして、規則正しく寝起きして、適度な運動をする生活が理想です。

 また、趣味については、読書、ブログ執筆、映画、ドラマ鑑賞、テニスを積極的にやりたい。

 そういう生活をしながら、人間関係を大切にしたい。環境や利害関係で繋がった人ではなく、付き合いたい人と付き合う。

 

2 仕事

 1の基本的なことに障害とならない程度の仕事をする。時間的、体力的、精神的に過度な負担のない、なおかつ、できれば人間関係や人生にプラスになる仕事ができるといい。

 

3 その他

 生活をシンプルにし、雑事に煩わされないようにする。

 SNSの知識を広げたり、新たな趣味、知識を模索する。

 旅行などはたまに行きたいとは思う。(頻繁じゃなくていい。)

 

書き出してみると、きわめて当たり前なところに落ち着いています。

退職したからと言って、世界一周したい訳ではなく、起業を目論んでいる訳でもない。遊び回りたい訳でもない。でも、自分にとって、一番落ち着いて幸せを感じる生活はこんな感じなんだろうなと思う。

 

今は、楽しく過ごせる人との繋がりを大切にするようにしています。

また、小学生と直接関わるやりがいのある仕事をさせてもらっています。

生活はモノややるべき事をミニマムにしてすっきりさせて、規則正しい健康的な生活を実践することができていると思います。

 

 

現在(令和6年1月)、関テレで「春になったら」というドラマが放映されています。余命3カ月と診断された主人公を木梨憲武さんが演じています。余命宣告をされた時、どう生きていくのか・・・というテーマは重いですが、笑いを誘いながらもそのテーマに正面から向き合わされる物語です。

ドラマを見ながら考させられたのは、折に触れて「自分の送りたい人生」について考えることが、人生の終わりを迎える時、自分の人生をどう生き切るか、落ち着いて考える糧になるのではないかということです。

結局、人生の最後には、自分が本当に楽しいと考えることの密度を高くして満足して終わりを迎えられたらいいのかなあ・・・と思います。

「春になったら」は、現在、Tverで見られます。